大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2633号 判決

控訴人(被申請人) 日本ファイリング製造株式会社

被控訴人(申請人) 渡辺繁俊

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人が控訴人に対し労働契約上の権利を有することを仮りに定める。

2  控訴人は被控訴人に対し金一三六万九六七六円を仮りに支払え。

3  被控訴人のその余の申請を却下する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、その五分の一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、以下に記載するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(控訴人の主張)

一  被控訴人が控訴会社の従業員たる地位を有しないことについて。

1  被控訴人は、その採用の当初から終始申請外日本フアイリング株式会社(以下、申請外会社という。)との間にのみ雇傭関係があり、申請外会社の従業員であつたものである(原判決六丁表(一))。

2  仮りに被控訴人の雇傭関係が、申請外会社と同時に控訴会社との間にもあつたとしても(控訴会社との間にのみ雇傭関係があつたと解すべきではない。)、被控訴人は昭和四六年一〇月一日付転勤命令に応じて申請外会社の営業本部営業管理部システム設計課に勤務し、申請外会社から賃金の支払を受けていた。したがつて、被控訴人は申請外会社のみの従業員となることを承諾したか(右発令が雇主の地位の譲渡にあたるとしても、これを承諾した。)、または、控訴会社及び申請外会社から成る実質上単一な企業体において両会社間の人事異動が同一会社内の転勤と同様に扱われているという事実たる慣習に従つたものである。以上のとおり、被控訴人は右転勤により申請外会社のみの従業員となつたものである。

もつとも、被控訴人は右発令について「出向の件については異議を留保する」との意思を表明したが、当時両会社には出向制度はなく、右発令は出向とは解されないから、右表明には特段の意味がない。

3  後記二2のとおり、千葉地方労働委員会に対する救済命令申立事件において、被控訴人の属する労働組合は、控訴人及び申請外会社を相手方として、被控訴人の原職復帰等を求め、その旨の救済命令及びこれに関する千葉地方裁判所の緊急命令が発せられるや、申請外会社は被控訴人を同会社の原職に復帰させ、被控訴人もこれに応じて就労している。以上のところからすれば、被控訴人はその雇傭契約の相手方が申請外会社であることを認めていたものであるのに、本件において控訴会社の従業員であることを主張するものであつて、かかる主張は信義則に反し、許されないというべきである。

二  本件仮処分による保全の必要性の不存在。

1  前記のとおり被控訴人は申請外会社の従業員であつたが、昭和四七年六月二一日付で申請外会社仙台営業所への転勤を命ぜられ、これを拒否したので、申請外会社は同年七月三一日被控訴人を懲戒解雇し、以後申請外会社において被控訴人の就労を拒否しているものである。被控訴人はこれに対して本件仮処分申請に及んだのであつて、昭和四六年一〇月一日付システム設計課への転勤命令が本件仮処分申請の直接の問題となるわけではない。被控訴人は前記解雇までは実際に同課に勤務しているのである。したがつて、右システム設計課への発令以前の控訴会社従業員(松戸工場製造部設計課所属)としての地位の保全を求める必要性はなく、本案訴訟でその確認を求めれば十分である。また前記解雇を理由として地位保全を求めるものとすれば、申請外会社に対してこれをすべきである。

2  被控訴人の属する総評合化労連東京合同労組日本フアイリング支部は、控訴会社及び申請外会社を相手方として、千葉地方労働委員会(以下、地労委という。)に対し、被控訴人に対する前記仙台営業所への転勤命令及び懲戒解雇を不当労働行為と主張して、右命令及び解雇の取消、原職復帰、右復帰までに受けるはずであつた賃金相当額の支払を内容とする救済命令の申立をなし、地労委は昭和四九年六月二七日、右申立どおりの救済命令を発した。これに対し両会社が千葉地方裁判所にその取消を求める行政訴訟を提起したところ、同年一一月七日、同裁判所から緊急命令が発せられたので、申請外会社は被控訴人を原職である同会社のシステム設計課に復帰させ、被控訴人もこれに応じて就労し、毎月同会社から本件仮処分による金額以上の賃金相当額の支払を受けている。本件仮処分と右緊急命令はいずれも本案判決確定までの仮の措置である点に差異はないから、両者を併存させておく必要はないところ、被控訴人は緊急命令に従つて原職に復帰する途を選んだのであるから、本件仮処分により地位保全及び賃金仮払を求める必要はなくなつたといわなければならない。

仮りに、被控訴人主張のようにシステム設計課への就労が出向であるとしても、申請外会社から賃金相当額の支払を受けている以上、賃金について保全の必要性がなくなつたことは明らかである。

(被控訴人の主張)

一  控訴人の前記主張一1は否認する。被控訴人は採用の当初から控訴会社に入社し、終始控訴会社のみと雇傭関係にあつたものである。仮りに採用時に申請外会社に入社したとしても、その直後、出勤第一日から控訴会社松戸工場に就労し、その時点から控訴会社の従業員となつたものである。

二  同主張一2のうち、被控訴人が昭和四六年一〇月一日付発令(転勤命令ではなく、出向命令である。)により控訴人主張のシステム設計課に勤務し賃金の支払を受けたこと(出向社員として)、被控訴人が右発令につき控訴人主張のような意思を表明したことは認めるが、その余は否認する。

三  同主張一3の法律上の主張は争う(なお、この点については、後記五の主張参照)。

四  同主張二1のうち、システム設計課での勤務、仙台営業所への異動命令、その拒否、懲戒解雇の意思表示の事実は認めるが、その余は否認する。

五  同主張二2のうち、控訴人主張のように救済命令の申立がなされ、救済命令及び緊急命令があつたこと、被控訴人が原職であるシステム設計課に復帰して就労し、本件仮処分による金額以上の賃料相当額の支払を受けていることは認めるが、その余は否認する。

右救済命令の申立は、仙台営業所への異動命令及び懲戒解雇が団結権の侵害行為であるから、これを排除し、それ以前の状態に事実上の回復を求めるためなされたものであり、右救済命令には、被控訴人の雇傭上の地位が控訴会社、申請外会社のいずれに属するかの判断は含まれていない。そして右救済命令が両会社に対してなされているのは、前記団結権侵害行為が事実上申請外会社によつてもなされているためにほかならない。したがつて右救済命令及び緊急命令によつて被控訴人がシステム設計課に復帰就労していることは、被控訴人が申請外会社の従業員であることを認めたものでもなく、またこれにより控訴会社の従業員たる地位が安定したわけでもない。のみならず、緊急命令は、行政処分たる救済命令の不履行に対して、右命令を迅速に実現し、不履行を制裁する目的であるのに対し、仮処分は私権の侵害、危険を回避するため仮りの措置を命ずるものであつて、両者はその性質を異にする。

さらに、緊急命令は、行政訴訟の本案判決確定までの暫定措置であるうえ、労働組合法二七条八項により取消または変更の可能性があり、行政訴訟の取下があれば当然消滅するものであつて、被控訴人の雇傭上の地位(賃金受給を含む。)はなお不安定である。

以上のとおり、救済命令及び緊急命令及びこれによる原職復帰によつて本件仮処分の必要性が失われたものではない。

理由

当裁判所の本件申請に対する認定判断は、以下に訂正、付加するほか、原判決理由の説示するところと同一である。

(一)  原判決一〇丁表二行目「一六〇万」を「四〇万」に、六行目「八万株」を「三万株」に改め、一二丁表七行目「証の一、二、」の次に「乙第一七号証、」を挿入し、同末行「松戸工場の現場要員として」を削る。

同一三丁表八行目「昭和四五年」を「昭和四四年」と改める。

同一五丁裏七行目「その効力」を「申請人の雇傭上の地位を異動させる効力」と改める。

同一七丁表「七(結論)」の部分を削る。

(二)  控訴人の前記主張一1について。 控訴人は、被控訴人がその採用当初から終始申請外会社のみの従業員であつたと主張するが、その趣旨は控訴人主張の「事実上の一つの企業体」における従業員はすべて申請外会社によつて採用、配置されることを理由とすると解されるところ、仮りに全従業員が申請外会社のみに所属するとすれば、控訴会社は従業員を有しないほとんど架空の会社となるわけであつて、控訴人も争わないところの、法人格を異にする二つの会社が実際に存在することとも矛盾し、到底採用の限りではない。なお、この場合、控訴会社が独自の管理機構を有しないことも、右判断を妨げるものではない(申請外会社によつて事実上控訴会社の人事等の管理がなされることは経営方式として別に差支えなく、この場合法的には申請外会社が代理行為をすると解すべきことは原判決理由説示のとおりである。)。

(三)  同主張一2について。 右(二)の判断のもとにおいては、旧会社の組織、資産が昭和四一年一一月控訴会社と申請外会社に分離され、控訴会社は製造部門である松戸工場を引き継いだものであることからして、松戸工場の組織に所属する者は一般に控訴会社の従業員と解するのが相当である。もつとも、控訴会社と申請外会社の関係及び両会社の経営方式が原判決理由説示のように独特のものであることからみて、個々の従業員のうち、その採用時期、職種、地位等によつては、厳密にどちらの会社に所属するか判定しがたい場合もありうると考えられ、特に成立に争いのない甲第一一、第一二号証、第一三号証の一、二、乙第一二号証、証人日朝行雄の証言により成立が疎明される乙第一一、第一三号証によれば、後記労働紛争の発生後、昭和四五年一月、同年一一月、同四六年六月、同年一〇月、同四七年六月とたびたび機構改革が行われ、両会社の関係に異動が生じ、複雑になつていることが疎明されるので、それ以後はなおさらであろうが、少くとも被控訴人については、その採用経過、時期、職種、配置、勤務歴等から考えて、本来控訴会社に所属する従業員とみるべきである。

この場合、被控訴人が申請外会社の従業員の地位をも併わせ有するかどうかについては、本件が控訴会社に対する雇傭上(労働契約上)の地位の有無のみが争われていることから、しいて判断を要しないわけであるが、一応の判示をするならば、両会社の関係が前記のようなものであることを考慮に入れても、二重に雇傭契約が存すると解することは技巧的に過ぎ、実態にもそぐわないものであつて、被控訴人は単に控訴会社の従業員であると考えるのが自然であり、相当である。

ところで、控訴人は、被控訴人が昭和四六年一〇月一日付発令により申請外会社のシステム設計課に勤務したことをもつて、申請外会社に使用者の地位が異動し、被控訴人はこれを承諾し、あるいは従来からの異動に関する慣習に従つたものであると主張するが、証人日朝行雄(原審)、同黒岩照夫の各証言、乙第四〇号証その他右主張に沿うかのような疎明は措信できず、かえつてその理由のないことは、控訴人も認める被控訴人の異議留保の意思表明(甲第六号証の一、二)によつて明らかである。成立に争いのない甲第二二号証の一ないし三と証人小松崎豁、同大川義博の各証言によれば、控訴会社においては、昭和四四年の年末一時金問題及び昭和四五年一月の申請外大川義博外二名の申請外会社への配転問題を契機として労働紛争が発生したことから、従業員らははじめて二つの会社の存在を知り、使用者がいずれの会社であるかが当時すでに労使間に大きな問題になつていたことが疎明され、被控訴人としても、昭和四五年一二月控訴会社所属のまま東京のいわゆる本社に勤務を命ぜられた当時から、右問題に重大な関心があつたことが甲第五号証の一、二によつて疎明されるので、前記異議留保の表明は、昭和四六年一〇月一日付発令そのものには従いながらも、控訴会社の従業員たる地位を離れることに反対した趣旨であることは明白であり、その内容は、雇傭契約の本質からみて、合理性を有すると解される。

右意思表明が「出向の件」に対するものとしてなされていることを理由に、意味がないとする控訴人の主張は、それ自体理由がない。

(四)  同主張一3について。 控訴人主張の救済命令申立が申請外会社をも相手方としてなされているのは、成立に争いのない甲第六六号証及び証人日朝行雄の証言(当審)によれば、当初控訴会社のみが相手方であつたところ、申請外会社をも相手方とすべき旨の地労委の勧告に基づき、申立人たる労働組合が申請外会社をも相手方に追加したことが疎明されるし、また被控訴人が緊急命令によつて原職に復帰就労したことは、被控訴人としては控訴会社所属の地位を保つたままで就労する趣旨であることは、前記のところから明らかであるから、以上いずれにしても、本件において被控訴人が控訴会社の従業員たる地位を主張することは、なんら信義則に反するものではない。

(五)  同主張二1について。 仙台営業所への異動命令を被控訴人が拒否したことにより申請外会社が被控訴人を懲戒解雇する意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、被控訴人が本件仮処分申請をしたのは直接には右の事態を契機としていることは本件記録上うかがわれるが、そうだからといつて本件申請の必要性がないとする控訴人の主張は理由がない。すなわち、被控訴人は控訴会社所属のまま申請外会社のシステム設計課に勤務していたところ、前記解雇がなされ、申請外会社から就労を拒否されているのであるから、ひいて控訴会社従業員としての勤務をも事実上拒否されていることは明らかである(控訴会社としては就労を認めているものでないことは、控訴人の本件主張の全趣旨からみて、当然である。)。したがつてこの段階で本件仮処分の必要性が生じたものといわなければならない。

(六)  同主張二2について。 控訴人主張の救済命令申立、同命令及び千葉地方裁判所からの緊急命令の発令、被控訴人の原職復帰及び賃金相当額の受給の各事実は、当事者間に争いがない。

そこで右原職復帰が本件仮処分の必要性に影響があるかどうかを考えてみると、原職といつてもその職場が申請外会社の組織であることは前記のとおりであり、被控訴人の意思いかんにかかわらず、現に控訴会社が同会社に対する被控訴人の雇傭上の地位を争い、かえつて申請外会社所属としての原職復帰であると主張していること、前記救済命令及び緊急命令は両会社をともに相手方として発せられ、被控訴人がそのいずれかに所属するかは判断していない(その必要もない。)ことからみて、被控訴人の雇傭上の地位は依然として安定しておらず、再び転勤などの不利益な命令がなされる危険があることは、前記認定の本件における事実経過からも一応認められるところである。なお、右復帰により被控訴人が申請外会社の従業員であることを認めたとの控訴人の主張は理由がない。

したがつて、地位保全の点については、救済命令及び緊急命令があるからといつて、本件仮処分の必要性が消滅したとはいえない。

しかし、賃金については、少くとも昭和四九年一二月分以降は緊急命令に従つて賃金相当額が申請外会社から被控訴人に毎月支払われ、その額も昇給分を含み、本件仮処分申請による額を上廻つていることが成立に争いのない乙第三七号証の一、二と証人日朝行雄の証言(当審)によつて疎明される。そうすると、今後も引き続き右賃金相当額が支払われるであろうと予想され、それが被控訴人のいかなる地位によるものであるにせよ、被控訴人は金銭的には暫定的に満足を受けるわけであり、本件賃金支払の仮処分を求めるための緊急な保全の必要性があるとは到底いえない。緊急命令に取消、消滅の可能性が絶無でないことも、この判断を左右しない。

ただ、昭和四七年八月分から同四九年一一月分までの賃金が右緊急命令によつて被控訴人に支払われたことは疎明されず、弁論の全趣旨によると、その間は本件原判決に従つてその所定金員が支払われていたことがうかがわれるので、控訴審として、この間の賃金仮払を命じた原判決を維持する必要性がある。そして、その金額は合計金一三六万九六七六円となることが計数上明らかである。

以上のとおりであるから、原判決中地位保全の部分を維持し、賃金仮払については右金額の限度においてこれを命じ、その余の申請は却下すべきものとし、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀬戸正二 小堀勇 奈良次郎)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有することを仮りに定める。

被申請人は申請人に対し、昭和四七年八月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二七日限り一か月四八、九一七円を仮りに支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(申請人)

主文同旨

(被申請人)

本件申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。

第二当事者の主張

(申請人)

申請の理由

一 申請人は、昭和四二年一一月二四日被申請人会社(以下「製造会社」という。)と直接に労働契約を結んで入社し、同会社松戸工場の製造部設計課に勤務し、同四五年一二月二一日から勤務場所だけが東京都千代田区内に変つたところ、同四六年一〇月一日製造会社から申請外日本フアイリング株式会社(以下「販売会社」という。)営業管理部システム設計課に出向を命ぜられ、身分が製造会社に在籍のままで販売会社に異動しないという留保付きでこれを承諾し、じ来販売会社の前記部課に勤務してきた。

仮りに労働契約を製造会社と直接結んだという前記主張が認められないとすれば、製造会社における従業員の採用手続は従来からその一切を販売会社が代行しており、申請人の場合もその例に洩れないから、代理人である販売会社との間で労働契約を結んだものであり、更に販売会社が当時右代理権限を有していなかつたとしても、製造会社は申請人を採用直後から松戸工場で就労させているから、これにより右無権代理行為を追認したというべく、いずれにしろ申請人が製造会社と労働契約を結んで入社したことに変りはない。

二 ところが、被申請人(製造会社)は昭和四七年七月三一日以降申請人の従業員としての身分を争い、その就労を拒否している。

申請人の同四七年四月から六月の間の基本給月額は四八、九一七円であり、給与の支給日は毎月二七日である。

三 そこで、申請人は被申請人に対し、労働契約上の権利を有することの確認と賃金支払の本訴を提起すべく準備中であるが、申請人は賃金のみによつて生活を維持している労働者であるから、本案判決の確定を待つていては、その生活上著しい支障を蒙り回復しがたい損害を受けるおそれがある。

よつて、本申請に及んだ。

被申請人の主張に対する反論

一 製造会社と販売会社は、法律的にも実質的にも全く別個の会社である。すなわち、両会社は別々に登記せられた独立の法人格を有していることは勿論、資本金、営業目的、事業所の内容、従業員の身分・就業規則等の労使関係、労基法上またはJISマークについての官庁関係への届出等そのすべてにわたつて、各別に定められまたは取り扱われ、両会社の実質的な組織面においても、昭和四六年六月二一日まではそれぞれ完全に分離独立していた。

二 製造会社においては、他会社への出向に関して労働協約、就業規則上なんらの定めはなく、販売会社との間の異動は、本件出向を命ぜられた昭和四六年一〇月一日の前四年間にわずか九名しかなく、したがつて、被申請人が主張するような事実たる慣習は存しなかつた。仮りに右慣習があつたとしても、申請人は同年一〇月七日到達の書面により被申請人に対し、身分は製造会社に在籍のまま出向する旨の意思表示をしたから、右慣習を云々する余地はない。

(被申請人)

申請の理由に対する答弁

一 第一項中、申請人がその主張日時・場所において就労していたことは認めるが、その余はすべて否認する。

二 第二項は認める。但し、後述するように申請人は昭和四七年七月三一日の前から製造会社に所属しておらず、当時は販売会社の従業員であつた。

三 第三項は争う。

主  張

一 製造会社と販売会社はもともと昭和一四年に設立された日本フアイリング株式会社(以下「旧会社」という。)という商号の一つの会社を構成し、スチール棚等の製造及び販売を営んでいたところ、同四一年一一月会社管理機構の強化と合理化、税務対策等の趣旨から、旧会社の組織を製造部門と販売部門の二つに分離してそれぞれ独立の会社組織にすることとなり、松戸工場にある製造部門を旧会社が引き継いで商号を日本フアイリング製造株式会社(被申請人)と変更し、都内千代田区にある総務・営業部門と全国各地に所在する営業所を別会社である日本施工株式会社に移して商号を日本フアイリング株式会社(販売会社)に改めた。

かようにして両会社に分離・独立したものの、その実体は分離以前と同様であつて、以後も対内、対外のいずれの場合にしろ、通常は両社を合わせて「日本フアイリング株式会社」と称し、販売会社を同本社、製造会社を同松戸工場と呼び、組織、機構上は一体として取り扱い、両社は統一的に従業員を採用し、配属・異動し、統一的な生産及び販売計画に基づいて活動し、人事、労務に関する業務はすべて販売会社の総務部勤労課が所管し、従業員はすべて販売会社名をもつて募集採用され、同会社名をもつて配属、異動を命じている。

右のような事情は申請人についても同様であり、申請人は販売会社名をもつて募集採用され、同会社により松戸工場勤務を命ぜられ、その後本社に転勤したものである。

二 以上によれば、申請人との雇傭契約の成立、その後の経過は、次のとおり解するのが相当である。

(一) 法形式上は別の法人格を有する松戸工場を含む一つの企業体において、販売会社が採用したうえ松戸工場に配属し、昭和四五年一二月勤務場所を東京に変更し、同四六年一〇月本社に転勤を命じたものであり、申請人の身分は採用の当初以来一貫して販売会社に所属している。

(二) 販売会社と製造会社の双方かそのいずれかに労務を提供するという目的で、販売会社又は両会社との間で雇傭契約を結び、これに基づいて松戸工場に就労させた。以上いずれの場合であるにしろ、また、(一)の場合における松戸工場への配属が製造会社への所属変更であると解せられるとしても、両会社間においては、前述したような関係から、従来松戸工場と他の事業所のいずれに勤務するにせよ、従業員にとり労働条件その他実質的に有利、不利の差異はなかつたから、人事異動は同一企業内における配置転換又は転勤と全く同様に行なわれている、という事実たる慣習があり、申請人もこれに従わない旨の特段の意思は表示していないから、同四六年一〇月一日付販売会社勤務の発令により、その所属は確定的に製造会社から販売会社に異動したというべきである。

第三疎明関係〈省略〉

理由

一 (製造会社と販売会社との関係)

(一) 成立に争いのない疎甲第一ないし第四号証の各一、二、第一一、第一六、第一八、第一九号証、第三〇ないし第三二号証、第五五号証の一ないし八、疎乙第一号証の一の一、二、同号証の二の一、二、第六ないし第一〇号証、第三二、第三四号証、証人日朝行雄の証言により成立が一応認められる疎乙第五号証の一ないし三、乙第一五号証、第二一ないし第二三号証、前掲日朝証言、証人黒岩照夫の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、つぎの事実が疎明される。

(1) 昭和一四年一二月二三日設立された日本フアイリング株式会社(旧会社)は、スチール棚等の製造及び販売等を目的とし、松戸工場を唯一の製造部門としていたところ、同四一年一一月、税務対策上同会社の組織を製造部門と販売部門の二つに分離してそれぞれ独立の会社組織にすることとし、旧会社の商号を日本フアイリング製造株式会社(製造会社)と変更してこれに松戸工場関係の資産を残し、別に子会社である同三九年二月一日設立の日本施工株式会社の商号を日本フアイリング株式会社(販売会社)に改めて、これに本社及び営業所関係の資産を移して別会社とした。

(2) 製造会社は、スチール棚類、間仕切類の製造業務とこれに附帯する業務を目的とし、資本金二、〇〇〇万円、額面株式一株の価格五〇円、発行する株式総数一六〇万株で、松戸工場のみを唯一の事業所としており、これに対して販売会社は、前記製品の工事及び販売とこれに附帯する業務を目的とし、資本金一、五〇〇万円、額面株式一株の価格五〇〇円、発行する株式総数八万株で、都内千代田区神田駿河台に本社、営業部門を置き、大阪ほか全国四か所に営業所を有している。そして、両会社はそれぞれ就業規則を制定し、従業員に対し各別の身分証明書を発行し、所轄官庁に対する労基法上の届出もそれぞれの名義で行ない、製造会社は、その名義によりJIS表示許可工場となり、また、実用新案の出願をしている。

(3) ところで、両会社の前述した沿革と分離・独立が税務対策を主眼としたものであり、独立の前後を通じていわゆる同族会社としての実態に変更がなかつたこと、加えて、昭和一四年旧会社設立以来対外的に「日本フアイリング」の名称による実績があつたこと、以上の諸事情により、両会社の運営の実体は、分離・独立後も旧会社の場合と同様一つの会社として扱つてきた。すなわち、その事業所を本社・営業所・地方営業所及び松戸工場と呼称し、対外的に会社概要、すなわち、資本金、事業内容、生産能力、従業員等をP・Rする場合は、「日本フアイリング」または「日本フアイリング株式会社」の名称で両会社を一つに包含した合計数等をもつて表示し、対内的にも、組織機構上製造会社は一つの会社内の松戸工場として位置づけられ、統一的な生産・販売計画に従つて生産活動を行ない、松戸工場独自の管理部門は設けられなかつた。したがつて、人事労務関係においても、松戸工場勤務者を含む全従業員について販売会社の総務部が一切を掌理し、従業員の募集採用、任用・給与に関する辞令はすべて販売会社名義で行ない、組織、機構の改廃、人事異動についての社内報または社報も、両会社を一本にした形式で販売会社名義で出された。しかし、両会社はかようにして一つの会社と同様な組織管理体制に組み込まれていたものの、昭和四四年五月以前は、松戸工場には本社(販売会社)系統に属する部課等は一切置かれておらず、同工場はあげて製造部門のみとして運営されてきた。

(二) 以上の認定によれば、製造会社と販売会社は、単に形式的に独立の法人格を有しているにとどまらず、前記(3)で言及した種種の実態を考慮したとしても、両社は法律上名実ともに別会社であるというべきである。(このことは、分離独立後の運営における「一つの会社」が販売会社を意味するものではなく、それ自体なんら独立した法人格を有していないことからも、明らかである。)

二 (雇傭契約の成立)

(一) 前掲疎乙第五号証の一、二、成立に争いのない疎甲第七号証、第九、第一〇号証の各一、二、第二〇号証、第二八、第二九号証の各一、二、第五八号証、疎乙第二号証、第三号証の一、二、申請人本人尋問の結果とこれから成立が一応認められる疎甲第二七号証、前掲日朝証言を総合すれば、つぎの事実が疎明される。

申請人は、昭和四二年三月工業高校の機械科を卒業したところ、松戸工場の現場要員として技術社員を募集していることを新聞広告で知り、スチール棚の専門メーカーとして盛業中である旨右広告に記載されていたから、同工場で自分が専攻した知識、技術を生かすことができるものと考え、右募集に応じ、専攻科目について筆記試験によるテストを受ける等の詮衡を経て、昭和四二年一一月二四日採用され、直ちに松戸工場の製造部設計課に配属され、後述する同四五年一二月勤務場所が都内千代田区神田駿河台に変るまで、同工場において設計業務に従事した。

申請人の採用手続及びその後の任用・給与上の発令については、すでに述べた一般的な取り扱いの場合と同様、すべて販売会社の名義で処理されたため、入社手続に際して作成せられた各種書類における入社先は販売会社として表示されたが、申請人は採用に当り、製造会社と販売会社の二つの会社があり、松戸工場は前者に属している等の説明は一切受けておらず、松戸工場に就職するという考えのみで入社した。そして、入社後、製造会社発行の身分証明書及び同会社の従業員としての健康保険被保険者証の交付を受けた。

(二) 以上の認定と前述したように昭和四五年五月以前は松戸工場には販売会社に所属する部課等は一切存在しなかつたことを考え合わせれば、申請人は製造会社の代理人たる販売会社との間で雇傭契約を締結し(本件の場合、商法五〇四条が適用される。)、同四二年一一月二四日製造会社に入社してその従業員になつたというべきである。販売会社総務部長日朝行雄が証人として、当法廷及び千葉地方労働委員会における不当労働行為救済申立事件の審問期日において、松戸工場の製造部に所属する従業員の法律上の使用者は製造会社である旨供述していること(後者の事実は、成立に争いのない疎甲第三三号証から明らかである。)、及び成立に争いのない疎甲第二二号証の三と証人大川義博の証言から疎明される、同四二年一〇月松戸工場製造部資材係事務員として採用された申請外大川義博にかかる不当労働行為救済申立事件につき、同四六年七月八日当事者間に和解が成立したところ、同人の使用者として製造会社が関与している事実、以上の各事実は、採用後直ちに松戸工場製造部に配属された者は製造会社との間で雇傭契約が成立したことを物語つている、といえる。

三 (昭和四五年一二月の勤務場所の変更)

成立に争いのない疎甲第五号証の一ないし三、前掲日朝証言から成立が一応認められる疎乙第一一号証、前掲黒岩証言及び尋問の結果によれば、昭和四五年一一月二一日組織の変更により、販売会社と製造会社にある設計部門が統合して松戸工場製造部設計課に一本化されたところ、申請人は右変更に伴つて駿河台にあるいわゆる本社で同年一二月一日以降設計事務に従事することになつた事実が疎明される。

しかし右の認定によれば、申請人は、勤務場所は販売会社の本社に変更したものの、これに伴つて設計課所属として製造会社従業員としての身分にはなんらの異動がなかつたことが明らかである。

四 (昭和四六年一〇月一日付発令)

成立に争いのない疎甲第六号証の一ないし三、疎乙第一二号証、前掲黒岩証言と尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、昭和四六年一〇月一日付で、松戸工場製造部設計課が解組され、販売会社の営業本部営業管理部に属するシステム設計課と製造会社の松戸工場製造部に属する工務課との二本建てに機構改正がなされたところ、これに伴い申請人は同日付でシステム設計課に配属を命ぜられたこと、申請人は右発令につき、同月七日到達の書面で製造会社に対し、右発令が製造会社から販売会社への身分の異動を意味するものであれば異議を留める旨の意思表示をしたこと、以上の各事実が疎明される。

ところで、すでに判断したところと弁論の全趣旨によれば、本件発令は、申請人の身分を製造会社から販売会社へ異動させることをその内容としており、使用者の労働者使用権を第三者に譲渡することにほかならないから、被用者である申請人の承諾を必要とするところ、被申請人は、両会社間における人事異動は同一企業内における配置転換又は転勤と全く同様に行なわれている、という事実たる慣習がある旨主張する。しかし、仮りに被申請人の主張するとおりの慣習があつたとしても、申請人が前述したように本件発令に対して異議を述べている以上、右慣習に従わない趣旨を表明したというべきであるから、同人がこれに従つたと解する余地はなく、申請人の承諾がない限り、本件発令はその効力を生ずるに由ない。(申請人は技術系であり、製造会社は製造部門のみで事業所は松戸工場一か所であるのに対し、販売会社は総務・営業部門を掌さどり、本社のほか全国五か所に営業所を有しているから、前者から後者への異動は、申請人にとり少なからぬ利害関係があるといえる。)

五 (被保全権利の存在)

以上判断したように、申請人は製造会社の従業員としての身分を失つておらず、被申請人において他に右喪失の事由について主張・疎明のない本件では、申請人は被申請人に対し労働契約上の権利を有しているというべきであるから、被申請人が前記一〇月一日付発令を理由に申請人の就労を拒否する限り、その就労不能は、労務給付の債権者たる被申請人の責めに帰すべき事由によるものであり、その債務者たる申請人は反対給付たる賃金の支払を受ける権利を失わない。

申請人が昭和四七年七月当時平均基本給月額四八、九一七円を毎月二七日払いで支払を受けていたことは当事者間に争いがないから、被申請人は申請人に対し、同四七年八月一日以降毎月二七日限り一か月四八、九一七円の割合による賃金を支払う義務がある。

六 (保全の必要性)

前掲尋問の結果によれば、申請人は被申請人から支給される賃金により生活していることが疎明されるから、他に恒常的に就職して収入を得ている等の特段の事情のない限り、本案訴訟による救済を受けるまでの間、被申請人から従業員としての地位を否定され、以上の賃金中支払期の到来している分が即時に支払われず、また、将来生ずべき賃金をその支払日に支払われないときは、生活に窮して著しい損害を蒙るおそれがあると推認できる。

七 (結論)

よつて、本件仮処分申請は、被保全権利の存在及びこれが保全の必要性について疎明があるから、申請人に保証を立てさせないで主文第一、二項記載の処分を命ずるのを相当と認め、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例